ファイナンス・ミックスとベンチャーデットについて

スタートアップ

近年、スタートアップを取り巻く資金調達環境は大きく変化しています。これまでの「エクイティ(出資)」を中心とした資金調達方法から、複数の調達手法を組み合わせる「ファイナンス・ミックス」が新常識となりつつあります。

中でも、エクイティとデットの両方の性質を持つ「ベンチャーデット」は、企業の成長戦略において非常に重要な選択肢となっています。

本記事では、司法書士の視点から、資金調達の基本構造、ファイナンス・ミックスの意義、そしてベンチャーデットの仕組みと注意点について解説します。


資金調達の基本構造:エクイティとデット

会社が資金を調達する方法は、大別すると以下の2種類に分けられます。

① エクイティ(Equity:資本)による資金調達

会社にとって返済義務のない資金調達の方法です。主な例として、株式の発行新株予約権の発行が挙げられます。

  • メリット: 返済のプレッシャーがないため、事業の立ち上げや収益化に時間がかかるスタートアップにとって、最も基本的な資金源となります。
  • デメリット: 株式を発行した場合、新たな株主が経営に参画し議決権を持つことになります。これにより、創業者の持株比率や経営権が希薄化し、将来的なエグジット時のキャピタルゲインの額にも影響が生じます。

② デット(Debt:負債)による資金調達

返済義務がある資金調達の方法です。主な例として、金融機関からの融資社債の発行があります。

  • メリット: 株式や議決権が渡るわけではないため、会社の経営や配当について直接的な指示を受けることはなく、経営の独立性が保たれます
  • デメリット: 元本と利息の返済義務が生じるため、キャッシュフローの圧迫要因となり、慎重な経営判断が求められます。

新常識としての「ファイナンス・ミックス」の戦略的意義

しかし、近年注目されている「ファイナンス・ミックス」は、成長フェーズや資金使途に応じて、エクイティとデットの両方を戦略的に織り交ぜることを指します。

特にこの戦略が重視される最大の理由は、成長の加速と「株式の希薄化の抑制」を両立させる点にあります。

事業初期(シード期など)はエクイティによる資金調達が中心となりますが、ある程度事業が安定し、収益化の道筋が見えてきた段階(アーリー〜ミドル期)でデットを導入することで、経営権を維持しながら、さらなる成長のための運転資金を確保することが可能となります。

この戦略が重視される最大の理由は、「株式の希薄化(拡散)を防ぐ」ことにあります。

成長のたびにエクイティ調達ばかりに頼っていると、創業者の持株比率が低下し、経営権の確保が難しくなるリスクがあります。ファイナンス・ミックスは、初期の成長資金はエクイティで確保しつつ、事業の収益性が高まってきた段階でデットを導入することで、経営権を維持しながら成長資金を確保することを目指します。

また、日本政府が昨年発表した「スタートアップ5カ年計画」に基づき、現在、官民両サイドからのスタートアップ補助金制度の拡充が進んでいます。

補助金は基本的に返済義務がなく(デットではない)、株式の発行も伴わない(エクイティではない)ため、希薄化リスクもキャッシュフローの圧迫リスクもない「非希薄化型」の資金調達源です。

特に事業初期のプロダクト開発費や人件費など、収益を生む前の活動資金に充当することで、エクイティ調達で得た資金をより戦略的な用途(マーケティング、優秀な人材の獲得など)に振り分けることが可能になります。

補助金は、デットやエクイティと併用することで、資金調達全体のリスクを下げ、資本効率を高める、ファイナンス・ミックスに欠かせない要素と言えます。


ハイブリッドな手法「ベンチャーデット」の仕組み

上記のようにエクイティとデット、補助金を組み合わせるファイナンス・ミックスに加え、昨今では、エクイティとデット両方の性質を兼ね備えた資金調達方法が、アメリカを中心に広がり、日本でもプレイヤーが増えています。それが「ベンチャーデット(Venture Debt)」です。

ベンチャーデットの代表的な形態は、「新株予約権付融資(ワラント付融資)」です。

これは、金融機関からの融資の際、スタートアップに対して無担保や低金利などの好条件で融資を行う見返りとして、その会社の新株予約権を付与するという仕組みです。

金融機関(貸し手)は、スタートアップ(借り手)の将来性に着目し、無担保や低金利などの好条件で融資を実行します。

その見返りとして、会社は融資側に対して、将来、あらかじめ決められた価格で株式を取得できる新株予約権を付与します。

これにより、スタートアップ側は株式の希薄化を最小限に抑えつつ(融資時点では希薄化しない)、必要な資金を迅速に調達できるメリットがあります。一方、融資側は、金利収入に加え、企業の成長によるキャピタルゲインという大きなリターンを得る可能性が生まれます。

ベンチャーデットは、既存株主の持ち分を極力維持したいスタートアップにとって非常に有効な手段であり、次のエクイティ・ラウンドをより有利な条件で実施するための「つなぎ資金」としても活用されます。


司法書士の視点:ベンチャーデットにおける新株予約権

ベンチャーデットの核心的な要素は、新株予約権(ワラント)の設計と発行にあります。

新株予約権は、会社法上の仕組みであり、その発行には株主総会の特別決議が必要となり、効力発生後は発行に伴う登記手続きが必須となります。

融資契約の中で取り決める新株予約権の内容(行使期間、行使条件、発行数など)は、将来の資金調達やエグジット戦略に大きく影響します。そのため、ベンチャーデットの設計においては、税務・法務・登記の各専門家との連携が不可欠です。

マッスル司法書士事務所では、ベンチャーデットの運用に伴う新株予約権の設計、発行手続き、およびそれに関わる商業登記を全面的にサポートしております。

ファイナンス・ミックス戦略の構築や、ベンチャーデットを活用した資金調達をご検討の際は、ぜひ一度ご相談ください。

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