経営者責任とD&O保険について

商業登記

事業を営むうえで、経営者がどのような「責任」を負うのか——。
この点は、個人事業主として活動するのか、それとも法人として会社を設立するのかによって、大きく異なります。

■ 個人事業主の責任は「無限責任」

まず、個人事業主の場合。
自らの名義で事業を行っている以上、事業に関するすべての債務は、個人の財産で履行しなければなりません。
たとえば、事業上の取引で損害賠償義務を負い、債務の支払いが滞った場合、債権者は経営者の自宅や車、預金といった個人資産にまで強制執行をかけることができます。

また、複数人の個人事業主で共同経営を行う場合も注意が必要です。
グループで事業を行うに当たって、代表者を1名定めることが多いですが、その代表者が実質的に全責任を負う形になります。
したがって、グループで事業を始める際には、「共同経営契約書」などを作成し、債務負担や責任の範囲を明確にしておくことが重要です。

■ 法人化による「有限責任」

一方で、株式会社や合同会社などの法人を設立した場合、出資者である株主や社員の責任は「出資額の範囲」に限定されます。
つまり、会社が多額の負債を抱えても、その債務は会社のもの。
株主個人の自宅や財産に直接的な責任は及びません。
これが「間接有限責任」という考え方です。

ただし、これはあくまで「出資者」としての責任に限られます。
経営の意思決定を担う「取締役」や「代表社員」などの役員は、別途、職務上の責任を負うことになります。

■ 経営者保証と取締役の責任

銀行等から会社として融資を受ける場合、経営者個人が「連帯保証人」となることがあります。
この場合、会社が返済できないときには、経営者個人に返済義務が生じ、個人財産への差押えもあり得ます。
これを一般的に「経営者保証」といいます。

また、会社法上、株式会社の役員等や、合同会社の業務執行社員は「善管注意義務」および「忠実義務」を負っています。
役員等や業務執行社員が職務を怠り、会社に損害を与えた場合、会社はその者に対して損害賠償を請求できます(会社法第423条・第596条)。
たとえば、明らかに不合理な投資判断や、自己の利益を図ろうとした場合、また法令違反による行政処分などがあれば、経営者個人の責任が問われる可能性があります。

会社が大きな損害を被った場合、会社自体や株主、債権者などから経営者の責任を追求される形となります。

【昨今の裁判事例】
ある子会社が技術基準に適合しない製品を販売していたことが問題化。
親会社の取締役らが、その製品のリスク把握・統制体制で善管注意義務を怠ったとして、株主から総額4億円の損害賠償請求が提起されました。
裁判所は、この株主代表訴訟を認め、取締役らに対し合計約1億5,800万円の支払いを命じた判決を下しました。

■ 取締役の責任の免除・軽減制度

もっとも、会社法では、役員等の責任を一定の範囲で軽減または免除する仕組みも設けられています。
定款や株主総会の特別決議により、取締役の善管注意義務違反に基づく損害賠償責任を、法定の限度内で減額することが可能です(会社法第426条)。
また、社外取締役や監査役がいる場合には、取締役会決議によって軽減できるケースもあります。

これは、取締役が過度に萎縮することなく経営判断を行えるようにするための制度です。
ただし、故意や重大な過失がある場合は、当然ながら免除・軽減の対象にはなりません。

また、これらの責任軽減規定は株主総会での決議と、登記が必要な場合があります。

■ D&O保険(役員賠償責任保険)の活用

こうした取締役のリスクに備える制度として、近年注目されているのが「D&O保険(Directors and Officers Liability Insurance)」です。
これは、取締役や監査役などの役員が、その職務執行に関連して損害賠償請求を受けた場合に、会社が保険会社と契約を結ぶことで、一定の範囲で損害を補償する仕組みです。

D&O保険は、役員個人を守るだけでなく、優秀な人材を安心して経営陣に迎えるためのリスクマネジメントとしても重要です。
上場企業だけでなく、中小企業においても導入が広がっています。


【司法書士からのアドバイス】

経営者の「責任」は、会社形態や立場によって大きく異なります。
特に中小企業の経営者は、法人化しても「経営者保証」などで個人リスクを抱えやすいのが現実です。
会社設立時や新規融資の際には、責任範囲を正確に理解し、必要に応じて契約書の整備やD&O保険の導入を検討するとよいでしょう。

マッスル司法書士事務所では、会社設立から内部統制、役員責任に関する契約書の整備まで、法的側面から経営を支えるサポートを行っています。
責任リスクを最小限に抑え、安心して経営に集中できる体制づくりを一緒に進めましょう。

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