ここ数日のコラムでは、代表取締役等住所非表示制度の話題に関連する形で、「実質的支配者」というワードが頻発していますが、この実質的支配者、という概念はなかなかに曲者で、以来のケースによっては判別が難しい場合もあります。
今回は、当事務所代表が過去に経験したレアケースを例に、実質的支配者の特定について司法書士の視点から解説いたします。
実質的支配者と確認義務
過去のコラムでも触れましたが、「実質的支配者(UBO)」とは、株式の保有等を通じて、株式会社などを実質的に支配している自然人等のことを指します。
一般的に、会社の支配者というと代表取締役を想起するかもしれませんが、役員の選任権を握っているのは株主なので、株式会社の真の支配者は大株主です。
実は、我々司法書士には、法人と取引する場合においては、この実質的支配者を確認する義務が課されています(犯罪収益移転防止法4条1項4号)
具体的には、法人である顧客と、以下の取引を行う場合、その法人の実質的支配者の氏名、住居及び生年月日を確認しなければなりません。
一 宅地又は建物の売買に関する行為又は手続
二 会社の設立又は合併に関する行為又は手続その他の政令で定める会社の組織、運営又は管理に関する行為又は手続(会社以外の法人、組合又は信託であって政令で定めるものに係るこれらに相当するものとして政令で定める行為又は手続を含む。)
三 現金、預金、有価証券その他の財産の管理又は処分(前二号に該当するものを除く。)
ざっくりいうと、
・不動産決済業務
・商業登記業務
・管財業務
を行う際、お客様が法人の場合は、実質的支配者の確認をしなさい、という義務です。
株式会社等の法人の場合、代表取締役等の役員は登記簿に記載され公示されますが、真の支配者である株主などは公開されている資料からは特定が難しいため、独占業務を担う司法書士はマネーロンダリング等の防止のためにキチンと確認をしなさいね。と定められているわけです。
実質的支配者の特定と確認
さて、実際に司法書士が業務を行うにあたっては、上記の通り実質的支配者の確認をしなければなりません。
具体的にはお客様の会社の実質的支配者の氏名・住居・生年月日を確認し、記録しなければなりません。
この点、確認の方法については「当該顧客等の代表者等から申告を受ける方法とする」とされています(犯罪収益移転防止法施行規則11条1項)。
当事務所では、依頼をいただいた時点で、お客様が株主会社様の場合、
・定款
・株主名簿(または法人税申告書の別表2)
をいただき、頂戴した上記資料から実質的支配者を特定し、実質的支配者の方の免許証データ等をいただくようにしております(初見のお客様の場合)。
さて、この確認にあたって、お客様との連絡のラリーが1往復増える形となります。
なるべくお客様のお手は煩わせたくないので、この確認のためのやり取りは一発で済ませたいところです。
しかし、以下のような特殊なケースにあたっては、そもそも実質的支配者が誰なのか、特定に悩むケースも存在します。
事例:株主に相続が発生していた場合
あるとき、株式会社A社様から商業登記のご依頼を受けた際、A社様の株主構成は以下の通りでした。
A社株主
X様:51%
Y様:26%
その他株主:33%
この場合、通常であればA社の実質的支配者は迷うことなくXとなりますが、今回のケースではXはすでに死亡し、相続人が複数名いるものの、遺産分割協議も会社に対する株主権行使代表者の通知も未了の状態でした。
相続が発生した際、相続人が複数存在する場合、相続財産である株式は遺産分割協議終了までの間は相続人の共有状態となります。
例えば、X様がA社の株式を300株保有しており、相続人がX1,X2,X3の三人いた場合、遺産分割協議が終了するまでは、X1,X2,X3はそれぞれ100株を相続するのではなく、3人で300株を共有する、という状態が生じます。
それでは、A社の実質的支配者はX1,X2,X3の3人全員を確認すればよいのでしょうか?
ここでまた別の論点が浮上します。
上記のように株主に相続が発生した場合、会社からすると相続人の誰に対して株主総会の招集通知等を送ればよいか判然としません。
そこで、相続などにより株式の共有が発生した場合、共有者は、株式会社が株主に対してする通知又は催告を受領する者一人を定め、当該株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければなりません(会社法126条3項)。
また原則、株式会社は株主総会の招集通知等を送付する際、株主名簿に記載し、又は記録した当該株主の住所に宛ててすれば良いとされています(会社法126条1項)。
以上を鑑みると、X1,X2,X3がA社に対して株主権行使代表者の通知も株主名簿書換請求も行っていない場合、A社はX1,X2,X3に対して株主総会の招集通知等を送る義務はありません。
そうすると、X1,X2,X3はA社に対して議決権を行使することはできないため、A社の実質的支配者は、次順位のYになるようにも思えます。
(議決権を行使することができない株式は実質的支配者の特定の際、算定から除外するため(犯罪収益移転防止法施行規則12条2項1号))
一体、依頼を受けた司法書士は誰に対して本人確認を行えばよいのでしょうか…。
結論:法務局の見解では、実質的支配者は「Y」…?_
本件については、代表者住所非表示措置の申出の依頼を受けておりましたので、上記実質的支配者の情報については法務局にも提供しなければならず、審査の対象となります。
お急ぎの依頼でもあったので、管轄の法務局に対して上記見解を事前に照会することにしました。
結論、法務局の見解としては、「Y」を実質的支配者として、確認記録を作成し、添付書類として差し支えない、との解答でした。
ただし、実質的支配者の確認については司法書士の職責であり、添付書類についても形式審査しかしないため、株主権行使代表者の通知・株主名簿書換請求未了の株式相続人が議決権を行使できるか否かについては判断しない」というなんとも玉虫色の注書き付きでした。
司法書士からのアドバイス?
今回のコラムについては、ご依頼を検討されているお客様より、同業の司法書士向けの備忘録の趣旨が強いものとなっております。
実質的支配者の確認は、法による直接の罰則こそないものの、司法書士に課せられた義務であり、怠った場合は懲戒請求のリスク等があります。
一方で上記のように、ケースによっては実質的支配者の特定が困難であり、法令・学説上も見解が確立できていないケースも有るように感じます。
司法書士としては、常に確認に留意しながらも、制度のさらなる明瞭化に努めていかなければならないと感じています。
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